【医師監修】若年性アルツハイマーの初期症状と治療について
監修医師:甲斐沼 孟(TOTO関西支社健康管理室)
大阪市立大学(現:大阪公立大学)医学部医学科を卒業後、心臓血管外科として勤務。国家公務員共済組合連合会 大手前病院 救急科医長を務め、現在はTOTO関西支社健康管理室に産業医として勤務。
認知症は高齢者に多い病気ですが、40~50代の現役世代や、高校生などの若い人にも起こることがあります。65歳未満に起こる認知症を若年性認知症といい、2020年7月に発表された東京都健康長寿医療センター研究所の調査によると全国で3.57万人と報告されています。
そこで本記事では若年性認知症の中の、若年性アルツハイマーについて医師監修のもと詳しく解説していきます。
若年性アルツハイマーとは
65歳未満で起こるアルツハイマーを若年性アルツハイマーといいます。
東京都健康長寿医療センター研究所の調査によると若年性認知症の原因疾患として、若年性アルツハイマーは52.6%と最も多いと報告されています。
若年性アルツハイマーの原因
原因は完全に明かされてはいませんが、アミロイドβというタンパクが脳に蓄積して脳細胞が破壊されて、脳の萎縮が起こり発症すると考えられています。これは、高齢者のアルツハイマー型認知症の原因と同じです。
アルツハイマーには遺伝子が関与しているという研究結果もあります。そのため、親族にアルツハイマーがいらっしゃる方は、発症リスクが高い可能性があります。発症の予防については規則正しい生活や運動を取り入れることなどがいわれていますが、科学的根拠のある方法が未だにないのが現状です。
若年性アルツハイマーの初期症状
初期症状として多いのが「物忘れ」です。同じことを何回も聞く、大事なものを置き忘れる、しまった場所を忘れる、同じ食品をいくつも買ってきて冷蔵庫に同じものがあふれる、などで周囲も気づきはじめます。
加齢による認知機能低下は記憶の一部がなくなってしまうのですが、アルツハイマーの場合は物事が起きたこと自体を忘れてしまいます。
例えば、ご飯を食べたこと自体を忘れるなどです。物を置いたこと自体を忘れて、物を誰かに盗られたと思う「物盗られ妄想」が現れることもあります。また、新しい記憶から忘れていくのが特徴で、最初は数日前のことから忘れ、進行すると数分前のことも思い出せなくなります。
その他、初期症状として「頭痛」「めまい」「不眠」「不安」「抑うつ」などの症状から現れる場合もあります。
より特徴的な初期症状としては「見当識障害」があり、現在の日付や時間、場所が分からなくなります。また、判断力、思考力が低下し、それまで普通に出来ていたことが出来なくなる「実行機能障害」が現れます。例えば、仕事の手順を忘れる、作り慣れた料理の仕方が分からないなどです。
若年性アルツハイマーと高齢者の認知症の違い
若年性アルツハイマーと高齢者の認知症は似ていますが、違いもあります。異なる点としては以下が挙げられます。
- 発症年齢が若い
- 異常であることは気づくが、受診が遅れる
- 経済的な問題が大きい
- 主介護者が配偶者に集中する
- 時に複数介護となる
- 高齢の親が介護者の場合もある
- 家庭内の課題が多い
発症年齢が若いため、症状が現れてもアルツハイマーとは思わず、疲れや更年期障害、うつなど他の病気と勘違いして診断が遅れることがあります。
また、働き盛りの世代のため、病気によって職を失うと経済的に困難な状況に陥る可能性があります。
高齢者の認知症は配偶者のみでなく子どもも介護に加わることができますが、若年性アルツハイマーの場合は子どもが若いことも多く、主介護者が配偶者に集中することが多いです。その場合、親の介護も重なり複数介護となることも想定されます。また、高齢の親が介護者となる場合もあります。
親がアルツハイマーになる、もしくはその介護者になることは、子どもに与える心理的影響も大きく、教育、就職、結婚などの子ども人生設計に関わる場合があり、家庭内の課題も多くなる傾向にあります。
若年性アルツハイマーの治療方法は?
若年性アルツハイマーの治療法は薬物治療と非薬物治療に分かれます。
薬物療法
若年性アルツハイマーの薬は、高齢者のアルツハイマー型認知症で使われる薬と同じです。現在、若年性アルツハイマーを治す薬は存在せず、進行を遅らせる薬が使用されます。
薬は2つの分類に分かれます。
1つ目は、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬です。若年性アルツハイマーの人は、脳内のアセチルコリンが減少していることが知られています。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬はアセチルコリンの減少を抑え、認知力低下を遅らせる働きがあります。
この分類に属する薬はドネペジル(先発品名:アリセプト)、ガランタミン(先発品名:レミニール)、リバスチグミン(先発品名:イクセロン、リバスタッチ)の3つがあります。ドネペジルは認知症の薬の中で一番はじめに発売され、錠剤や散剤、液剤、ゼリー剤などさまざまな剤型が発売されています。ガランタミンは錠剤、リバスチグミンは皮膚に貼る薬です。
2つ目は、NDMA受容体拮抗薬です。若年性アルツハイマーの人は、脳内のグルタミン酸の働きが乱れることで神経細胞が障害され、イライラ、攻撃性などが現れます。NDMA受容体拮抗薬はグルタミンの働きを弱め、神経細胞を保護して興奮を抑えます。この分類に属する薬はメマンチン(商品名:メマリー)で、錠剤のみ発売されています。
アセチルコリンエステラーゼ阻害薬は複数を併用することはできませんが、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬とNDMA阻害薬は併用できます。これらの薬は、早期に使うことで進行をより抑えることができるため、早期発見、早期治療が大切です。
非薬物療法
薬物を使わない治療もあります。例えば、計算ドリル、簡単な音読や聞き取りを行う学習療法は、脳の活性化が期待されます。
その他、音楽療法は感情を安定させ、リラックスする効果があると言われています。回想法は記憶にある出来事を話してもらうことで、自尊心や積極性を向上させると考えられています。
これらの非薬物療法は有効であったという報告もありますが、効果には個人差があります。また、薬のように大規模な臨床試験を行って効果が認められたものはほぼありません。
そもそも、薬物治療でもアルツハイマーを治すものは存在せず、根本治療がありません。家族や介護者の対応や暮らしの環境改善などが本人の生活の質の向上に大きく影響するともいわれており、薬以外のことも大切であることを覚えておきましょう。
若年性アルツハイマーの治療費
薬物治療の4週間の値段は以下の通りです。実際はこの他に、診察代、検査代は別で費用が発生します。
ドネペジル(錠剤)
約450~1050円
ガランタミン
約540~1930円
リバスチグミン
約980~2230円
メマンチン
約520~2700円
※先発品、後発品により値段に幅があります。標準用量、4週間分、保険診療3割負担の場合です。個人に合わせた用量により範囲外になることがあります。
まとめ
アルツハイマーは高齢者のみの病気ではなく、若い人でも発症することがあります。初期症状、治療は高齢者のアルツハイマーと同じですが、経済的な問題、家庭内の課題など、高齢者とは違った負担を抱えることがあります。
高齢者の病気と思い込み、若年性アルツハイマーであることが見逃されがちですが、薬物治療の開始は早ければ早いほど良いため、おかしいと思ったらまずはかかりつけの病院を受診することをおすすめします。
また、全国若年性認知症支援センターでは、若年性認知症コールセンターを設置しています。病院の受診が不安な場合は、まずはこちらに相談してみるのもよいでしょう。