【医師執筆】前立腺がんの最新治療を解説

2023.09.12

  • LINE

執筆医師:平澤 陽介(東京医科大学病院)
北海道大学医学部医学科卒。日本泌尿器科学会専門医/指導医・日本内分泌学会専門医などの資格を保有。

前立腺がんの主な治療方法には、PSA監視療法、手術、放射線治療、ホルモン治療、化学療法があります。どの治療方法を選択するかは、病気分類を用いたがんの進行の程度や、年齢、全身状態や既往歴(持病)に基づいて決定されます。

まずは大きく①前立腺に限局しているがん(限局性前立腺がん)なのか、②すでに局所に進行もしくは転移してしまっているがん(転移性前立腺がん)なのかで大きく治療方法が異なります。

今回は泌尿器科医の平澤 陽介先生に「前立腺がんの最新治療」について教えていただきます。

限局性前立腺がんの治療方法

前立腺針生検で前立腺がんと診断されたあとは、一般的にはCTと骨シンチによって転移があるかどうかを検索します

PSAが3桁以上の方は転移の可能性がありますが、PSAが1桁の方や、20以下の方で画像上転移があるのは極めて稀です。転移がないことを確認して初めて限局性前立腺がんとの診断になり、次の治療法の選択へ進みます。

リスク分類について

治療を決定する上で重要なリスク分類に、「D’Amicoリスク分類」や「NCCNリスク分類」が用いられます。これらのリスク分類を用いて低リスク、中間リスク、高リスクに分類されます。

例えば高リスクに分類された方はざっくりと30%以上の方が手術をしても再発を経験してしまいます。
手術検体で精嚢にまで浸潤していた方(pT3b)は局所に進行してしまっていたことになり、この場合の術後再発率は50%以上にも上ります。

治療の選択について

治療の選択には色々な考え方がありますが、予後の悪い限局性前立腺がんであるからこそ、先に手術をして、再発した場合には、たたみかけるように放射線治療を追加し、集学的治療(手術、放射線治療、薬物治療など複数の治療方法を組み合わせて行う治療方法)を行った方が望ましいとする考え方もあります。

このようにリスクによっては根治治療であったはずの手術は集学的治療の一つになるケースもあります。

低リスクの場合

低リスクであった方は良い意味で様々な治療選択肢を有します。極端に言うと「PSA監視療法」といって治療は何も行わずにPSAの推移を追跡し、PSAが上昇したりMRIでがんの広がりや予想される悪性度が変化した場合に再生検をして、改めて治療を行うかどうか検討することもあります。

これは前立腺がんがラテントがんといって、命に関わらないがんであることが一定数の方に存在することに起因した考え方になります。ただし、がんがあることが分かっているのに何もしない、ということに対して患者側も医師側も好みが分かれ、議論の余地がある選択肢にはなるかもしれません。

また高密度焦点超音波療法(HIFU)や凍結療法などいったフォーカルセラピーや、特に小線源治療という放射線を放出するヨウ素125線源を前立腺内に埋め込む治療法もあります。小線源治療は負担も少なく、治療効果の面でも大変優れた治療法であると感じます。

放射線治療

リスクによらず、放射線外照射治療や、最近では重粒子治療なども存在します。前者は昔から行われている、いわゆる放射線治療ですが、近年では強度変調放射線治療(IMRT)という治療も行われています。

これは、事前に前立腺と腫瘍位置を画像的にコンピューターに取り込み、コンピューター制御で多方面から強弱のついた放射線を腫瘍へ最大限に当てるやり方です。
従来の放射線治療と異なり、前立腺と癌にはより強力に、周辺の膀胱や直腸には極力当たらないように放射線を照射することができるため、副作用が少なく、効果を最大化することが可能になりました。この放射線治療も大変いい治療です。

重粒子治療

重粒子治療は施行できる施設が限られるものの、炭素イオンを光の速さのおよそ70%まで加速した「重粒子」をからだの奥のがん細胞によりピンポイントで当てる治療方法です。

IMRTよりもより癌に選択的に狙えるため、より副作用が少なく、治療効果も優れているとの報告があります。またIMRTでは40回前後の照射が必要ですが、重粒子治療では12回と少ない照射回数で済むため、通院の頻度という面からも優れているかもしれません。

ホルモン治療・化学療法

前立腺がんの場合にはまずはホルモン治療ですが、特に進行してしまった状態で見つかった方は初めから抗がん剤を投与する化学療法がおこなわれることもあります。幸いにホルモン剤も昔と異なり現在は多数の薬剤が存在し、効果がなくなっても次の薬剤、というように複数の薬剤を組み合わせて治療を行うことが可能です。

抗がん剤も昔は1種類でしたが、現在はもう1種類あるため、効かなくなったら2種類目へ、というように複数の治療選択が存在します。

ホルモン治療は数年で効かなくなることが多く、この状態を専門用語で去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)と言いますが、前立腺がんはこのCRPCになってから、途端に治療が難しくなってきます。新規ホルモン剤や化学療法を組み合わせて集学的に治療を行っていきます。

PSMA治療

近年、がん治療で散見される免疫治療は残念ながら前立腺がんの場合は他のがん種と異なり治療結果がいまひとつです。前立腺がんが「免疫に冷たいがん」と言われる所以です。

また最近ではPSMA治療という新しい治療方法がオーストラリアや欧米を中心に行われるようになってきました。PSMAとは「前立腺特異的膜抗原」という前立腺がん細胞の表面に存在するタンパク質です。この細胞膜の表面に顔を出しているPSMAに結合する化合物に組み込まれた放射性同位元素から放射線が放出され、前立腺がん(転移した部位を含む)だけを狙い撃ちして、前立腺がん細胞特異的にかつ全身に放射線治療を行うというのがPSMA治療の基本的な原理です。がん細胞だけを選択的に攻撃するため、正常な臓器への影響が少ないのが大きなメリットです。

残念ながら日本では放射性物質の取り扱いに関する法的な制限があり、国内でこの治療を受けるにはまだ少なくとも数年はかかると言われ、現在は海外へ渡航して治療を受けているのが現状です。

各治療方法のメリット・デメリットについて

ここまで挙げた治療方法には、それぞれメリット・デメリットが存在します。

外科的治療

手術の長所はがんを直接取り除くため根治を目指せることに加え、もし術後に再発しても放射線治療を追加できることが最大のメリットです。つまりがんのコントロールという意味では手術と放射線治療という大きな2つの治療手段の両方を行えるということになります。

手術というと乗り越えればがんが治りきるイメージがあるかもしれませんが、がん細胞がすでに周囲に目に見えない細胞レベルで浸潤していたりするため、リスクにもよりますが10-30%の方が術後再発を経験してしまいます。
前述しましたとおりpT3bまで局所に進行してしまっていた方は残念ながら50%以上の確率で術後再発を来します。再発を想定すると、次に放射線治療も追加で行えるということは癌の制御という意味では、すごく大きなメリットとなります。

手術のデメリットは、やはり放射線治療に比べると体への負担が大きいことや、術後に尿失禁や勃起不全といった機能面の副作用が必発だということです。
もちろん昔の開腹手術と比較するとロボット手術の尿失禁の成績は良くなりましたし、神経温存手術をすれば一部の方は術後も勃起機能が維持できることがありますが、それでも放射線治療と比較すると体への負担や副作用が大きいと言わざるを得ません。

放射線治療

放射線治療(小線源治療や重粒子治療を含む)の最大のメリットは体への負担が少ないことです。そして治療効果という面でも優れていて手術と大差ありません。副作用も頻尿や膀胱炎様の症状や、排尿障害、直腸出血などが起こり得ますが、手術と比較すると軽度のものが多いです。

放射線治療のデメリットは、先に放射線治療を行って再発した場合に、もう手術も放射線治療も行えないということです。がんの根治を目指す治療としては1回きりになります。また、外照射の場合は2カ月近く通院治療が必要なことが多く、働き世代で休みがとりづらい方は避ける方もいます。

化学療法やホルモン治療

前述の手術や放射線治療と大きく異なるのは全身治療であることです。転移がある場合には全身治療が必要になります。ただし手術や放射線治療と異なり、根治を目指す治療ではありません。抗がん剤もホルモン治療もいつか効かなくなります。ご本人らしい生活をなるべく伸ばすことが目標になる治療法です。

ただし、現在は多数の新規薬剤が登場しているため、それらを組み合わせることで時間稼ぎができる期間が大幅に長くなり、前立腺がんでは亡くならずに、他の原因で寿命を全うすることも可能なことがあります。年単位で長期に効果があることも多いので、諦めずに希望をもって治療にあたっていくことが大事です。

前立腺がんの治療の流れや期間

それぞれの治療の流れや期間についても詳しくみていきましょう。

外科的治療

手術は治療法のなかでは最も負担が大きいため、準備も入念に行っていく必要があります。施設にもよって異なりますが、術前に心電図や採血、場合によっては心臓の機能評価や麻酔科医による評価、持病に対するかかりつけ医の診察を受けて、体や持病が手術に耐えられるかどうか評価しながら進んでいきます。

早くがんを切除したい気持ちも理解できますが、幸い限局性前立腺がんは一部の悪いものを除いてそこまで急ぐ必要はありません。診断から1-3カ月かけてちゃんと準備をしながら進んでいくことが多いと思います。

手術は3時間程度、拡大リンパ節郭清を行う場合は4時間前後が目安になります。ただし前後に麻酔の時間が30分-1時間程度ありますので、合計すると4-6時間程度になると思います。

入院も施設によって異なるため一概に言えませんが、1週間から10日程度の施設が多いと思います。余裕をもって2週間程度はみておいた方が無難かもしれません。アメリカでは日本のように健康保険制度が存在しないため、入院費も高額となるため、なんと手術翌日には体に管をいれたまま退院することが多いです。

放射線治療

放射線治療を行うのは当然泌尿器科医ではなく放射線科医となります。放射線科医によって治療のスケジュールが組まれます。

治療前にCTを撮影して照射部位や強度をあらかじめ決めることが多いです。治療は1回あたり数十分程度で短く行えますが、副作用を少なくするためにチョコチョコ何回にも分けて行います。一般的に40回程度照射する場合には2カ月ほど月曜から金曜まで毎日通院することになります。

最近ではspace OARという自然吸収されるゲル状の物質を副作用回避のために、予め前立腺と直腸の間に留置して、1回あたりの照射を強くして通院回数を減らす治療方法も出てきましたが、この場合は追加で短期入院とゲルを留置する手術を行う必要があるため、医師側も患者側も好みは分かれるかもしれません。

小線源治療は治療のスケジュールや戦略は放射線医が行い、泌尿器科医がその治療戦略に基づいて、線源を留置するという共同作業になります。入院は3-4泊程度の短期入院で済みますし、線源を埋め込む手術も1~1.5時間程度で終わります。体への負担も非常に少なく、特に低リスクに分類される方にはお勧めできるとても良い治療方法です。

また放射線治療は小線源治療や重粒子治療にも当てはまりますが、高リスクや中間リスクの方はホルモン治療を併用して行うことが多いです。また最近注目されています重粒子治療は、照射回数が12回程度で、外照射の40回前後と比較して、短期間の通院で治療を行えるメリットがあります。ただし治療費用が比較的高額になる可能性があり、事前に各施設に確認する必要があるかもしれません。

まとめ

前立腺がんの場合は治療選択肢が多数存在するため、ご年齢やご本人の体力的な問題(手術に体が耐えられるかどうかなど)、既往歴(例えば心臓の持病があり、負担の大きい手術はリスクが高い)などを総合的に判断して、主治医とよく相談する必要があります。

もし複数の専門家の意見を聞きたければセカンドオピニオンという方法もありますので、大事な決定ですので、ご家族含めてよく考えて後悔のない治療を選択することがとても重要です。