【医師執筆】ペインクリニックで行う神経ブロック療法とは

2023.09.25

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監修医師:郷 正憲(徳島赤十字病院)
保有免許・資格は日本麻酔科学会専門医、ICLSコースディレクター、JB-POT。主な著書は『看護師と研修医のための全身管理の本』。

ペインクリニックで行う治療の大きな柱となるのが「神経ブロック療法」です。

神経ブロック療法とは一体何でしょうか、またどのような症状に効果的なのでしょうか。

そんな疑問を解決するため、今回は麻酔科医の郷 正憲先生に「神経ブロック療法」について詳しく教えていただきます。

神経ブロック療法とは

神経ブロック療法というのは、神経が走行している周囲に局所麻酔薬か、あるいは何らかの物質を投与することで神経を麻痺させ、目的の効果を得る治療法です。

その原理や方法を理解するためには、様々な理屈が背景にありますので、それぞれ紹介していきましょう。

局所麻酔薬の仕組み

神経ブロックについて解説する前に、先ずは局所麻酔薬について簡単に触れておきましょう。

局所麻酔薬というのは、複数種類ありますがいずれもナトリウムチャネルブロッカーと呼ばれる薬になります。薬の違いは、構造がやや違う事で作用が出てくるまでの時間や作用が消えるまでの時間が変わってくる程度です。

では、ナトリウムチャネルブロッカーとはどのような薬なのでしょうか。それを理解するためには、神経伝達がどのように行われるのかを知る必要があります。

神経というのは、神経細胞の一部分が細長く伸びたものです。そして、神経の表面にはナトリウムチャネルという、ナトリウムが流入する開口部が空いています。ナトリウムというのは細胞の外にも細胞の中にもある物質ですが、細胞の外に多く存在するという特徴があります。ですので、ナトリウムチャネルが開くとナトリウムが細胞の外から中に流れ込んでいきます。

神経が情報を伝えるときは、このナトリウムチャネルが大きく関与します。ある部分で神経が刺激を受けると、その部分のナトリウムチャネルが開口し、ナトリウムが流入します。すると、その隣にあるナトリウムチャネルが開口するという特徴があります。そのナトリウムチャネルからもナトリウムが流入し、更にとなりのナトリウムチャネルが開きます。

このように、ナトリウムチャネルが次々と開いていくことで”神経が刺激された”という情報が伝搬していくのです。この情報が神経細胞自体に届くと、細胞は”神経が刺激された”という情報を認識し、次の神経へと情報を伝達します。

ここまでの話しで分かるように、ナトリウムチャネルが開かなければ、情報が伝達することなくそこでナトリウムチャネルの開口がストップしてしまいます。局所麻酔薬はそれを狙ってナトリウムチャネルが開かないようにする薬なのです。

局所麻酔薬を投与すると、ナトリウムチャネルが開口できなくなります。すると、その部分での刺激を細胞が認識できなくなるだけではなく、その部分を通る神経は情報の伝達ができなくなると言う事になるのです。

この特徴を活かして、例えば処置をするときなど、その場所の痛みをブロックしたいときにはその場所に局所麻酔を行います。一方で、神経の伝達をブロックしたいときにはなるべく神経の根元辺りで局所麻酔をすることで、そこよりも末梢で感じる痛みをブロックする事ができるのです。これが神経ブロックの原理です。

神経ブロックの適応

では、どのような時に神経ブロックが行われるのでしょうか。

最も多く使用されるのは・・・と書き出そうと思ったのですが、実は神経ブロックは様々な使用法が行われているので、実際にどのようなブロックが多いのかはよくわからないです。

近年増えてきているのは、手術に伴った痛みを抑えるための神経ブロックです。手術をすると傷口が痛みますから、その痛みを抑えるために神経ブロックを行います。
これまでも神経ブロックを利用して手術をしていたケースはありましたが、一部の神経のみと限定的でした。しかし近年、超音波装置の進化により視認できる神経が非常に増えてきたことから、超音波で神経をみながら局所麻酔薬を注入し痛みを取るという方法が爆発的に増えてきています。特に増えているのが全身麻酔に併用する神経ブロックです。

全身麻酔では痛みを取るために麻薬を使用するのですが、痛みがブロックされることで麻薬の使用量が減少し、副作用を減らす事ができる上に、術後の痛みもブロックされる、と良いことづくめなのです。

ほかの神経ブロックが使用されるケースとしてはペインクリニック領域での痛みを抑えるためのブロックです。これは、後で触れることにしましょう。

また、痛みを抑えるだけが神経ブロックではありません。最近、手掌多汗症といって、手汗がひどい症状に対してお医者さんで相談してみてくださいというテレビCMが流れるようになりましたが、手掌多汗症に対しても神経ブロックは行われます

繰り返しブロックをする効果

局所麻酔薬は、前述の通り種類による差はあれ、ある一定期間効果を発揮するとだんだんと効果が切れてしまいます。神経の周りに局所麻酔薬の成分があっても、だんだんと血流によって流れていってしまい、効果が切れてしまうのです。

手術による痛みを抑えるのであれば、効果が切れてしまうまでの間に元々の傷口の痛みがだんだんと弱まってきますから、単回のブロックでも十分効果があることが多いです。

しかし、ペインクリニックで扱う疼痛はそうはいきません。ほとんどの場合は慢性的に痛みがあって、一時的に痛みを抑えても効果が切れたら再度痛みが起こってきます。実際、ほとんどの場合は1回神経ブロックをしたとしても再度痛みが出てきます。

しかし、神経ブロックのミソは繰り返し行う事にあります。それには2つの機序が関わっています。

1つ目は、周辺の血流が良くなることです。とくに痛みがずっと続いている場所では交感神経が強く活性化し、血管が収縮する結果血流が悪くなり、そのせいで痛みが起こっていると言う場合もあります。
このような場合、一時的にでも痛みがなくなることで血流が良くなり、状態が改善する方向に向かいます。一度のブロックでは再度痛みが出現し血流がまた悪くなりますが、繰り返す事でだんだんと組織の虚血が改善し、痛みがだんだんと改善してきます。

2つ目は、下行抑制系の抑制を除去できることにあります。元々痛みを感じるという機能は非常に敏感にできています。触っただけでも痛みを感じてしまいます。しかしそれでは日常生活が送れませんから、脳はあまり痛みを感じすぎないようにブロックをかけます。これが下行抑制系です。
しかし慢性に痛みを感じてしまうと、痛みがあると言う異常事態をしっかりセンサーで捉えようとして脳がこの下行抑制系を抑えてしまい、痛みに過敏になってしまいます。

このように下行抑制系が抑制されている場合に、神経ブロックで痛みが無い状態を思い出させると、脳が機能を正常化させようと、再度下行抑制系の作用を発揮してきます。一度ではなかなか発揮してきませんが、何度も繰り返すことで効果が少しずつ出てくるのです。

このような理由から、神経ブロックは複数回行って痛みを抑えていくのです。

ブロックの方法

神経の周囲に局所麻酔を注入すると言っても、どのようにするのだろうと思われると思います。ここでは、4つの方法について詳しく解説していきます。

1つ目の方法は盲目的穿刺法です。その名の通り、何も道具を使うことなく、この場所だ、と言うところに注射をします。
この方法がとられるのがトリガーポイント注射です。腰や肩などの痛みは筋膜の癒着によることが多いのですが、そのようなときには痛みが発生しているまさにその場所が痛みの原因になっている事が多いので、その場所に駐車します。ただし、このトリガーポイント注射は神経をターゲットにしているわけではないので正確には神経ブロックとは言えないでしょう。

以前は神経ブロックも盲目的注射をよく行っていました。刺入点、刺入角度を統一することである程度目的となる神経に対してブロックができたのですが、経験が非常に必要な事と、個人差がある神経の走行については対応しきれず現在では一部の神経で行われるのみとなっています。

2つ目の方法は神経刺激装置を併用して行うブロックです。神経刺激装置というのは針から電気刺激が規則的に出てくる装置です。この針の針先が運動神経の近くに到達すると、その運動神経が支配する領域の筋肉が収縮します。この収縮する場所で局所麻酔をすることで、その神経をブロックすることができるのです。
しかし欠点としては、痛みの原因となっている神経に併走する運動神経がなければこの方法は使えません

3つ目の方法は、前述の超音波を利用して穿刺をする方法です。この方法の場合、神経を直接視認しながら行う事ができます。
神経が見えないほど細い場合でも、神経が通っているはずの筋肉と筋肉の間など、目的の場所を確認して穿刺する事ができます

4つ目の方法は、レントゲンやCTを撮影しながら穿刺する方法です。特に身体の深い部分に対するブロックの際に使用されます。

このような方法を利用して、神経ブロックを行うのです。

どんな症状に効果的?

このように、神経ブロックは痛みを取るために使われ、良い効果を得る事ができます。では、実際にどのようなブロックがどのような症状に対して行われるのでしょうか。

体性痛に対する感覚神経ブロック

よく行われるのが、体性痛に対する神経ブロックです。痛みを感じていると思われる神経に対してブロックを行います。

ただし、ブロックを強くしてしまうと感覚もなくなってしまって大変です。そのため、最初は弱めに神経ブロックを行って効果を見ながら濃度を濃くしていくという方法もあります。

この神経ブロックでは一般的な肩こりや腰痛の他、帯状疱疹後神経痛や複合性局所疼痛症候群、三叉神経痛のような神経の異常で痛みを感じているような場合にも実施が可能です。

内臓神経ブロック

神経ブロックは基本的には体性痛に対してのみ対象になります。というのは、感覚神経は脊髄から出た後、身体の表面に行く神経は身体の浅い層へと向かって走行しますが、内臓を支配する内臓神経は脊髄から出た後すぐに身体の深いところに行ってしまい、超音波で確認することも難しく、また神経自体を同定する事も困難ですし、深い場所の穿刺になるのでリスクが非常に高いのです。

しかし、内臓神経の中でも大内臓神経、小内臓神経という神経は、ある程度個人差なく走行しているため、”この辺りに局所麻酔をすれば効果がでる”ということが分かっています。そしてこの神経は、膵臓癌が浸潤して痛みを感じることが多い神経でもあります。

そのため、膵臓癌が大小内臓神経に浸潤していることで痛みが起こっている場合はこの神経のブロックが適応となります。

とはいえリスクが高いブロックですから何度もするわけにはいきませんし、基本的にはここまで浸潤している膵臓癌は切除適応になりませんから痛みが消えることはありません。ですので、神経ブロックは永続的に効果があるブロックとします。

具体的にはアルコールを使用します。アルコールを神経周囲に注射すると、神経が変性してしまい全く活動できなくなってしまいます。ですので、この神経ブロックの際にはまず局所麻酔を行って痛みが消えることを確認した後、そのままアルコールを注入して神経を破壊して痛みを抑えるのです。

星状神経節ブロック

星状神経節というのは、頸椎の前にある神経節で、交感神経の親玉のような神経の塊です。この場所をブロックする事で、交感神経の効果が減弱し、前述のように血流が増加する事から様々な効果を得る事ができます。

適応疾患の幅は広く、頸椎症、胸郭出口症候群、手術後交感神経依存性疼痛、複合性局所疼痛症候群、突発性難聴、顔面神経麻痺、帯状疱疹後神経痛などがあります。

非常に便利なブロックですが、交感神経がブロックされることで発汗異常や瞳孔の散大などの副作用があり、適応となる事は少なめです。

手掌多汗症に対する交感神経ブロック

前述のように、手掌多汗症に対する治療の手術療法と言えるブロックです。このブロックは胸腔内で、胸腔鏡で交感神経を確認しながら行いますので、全身麻酔下に行います。外科が行う場合もあります。

胸腔鏡で交感神経の根元を確認し、電気メスで焼き切ることで交感神経の作用をブロックし、汗が出なくなるようにします。ただ、副作用も多いですので他の治療を行ってもなかなか良くならないような場合に行うのが普通です。

まとめ

今回は麻酔科医の郷 正憲先生に「神経ブロック療法」について詳しく教えていただきました。

神経ブロック療法は様々な疾患に対して適応になります。もしかして自分の症状に対しても効果があるのでは無いかと思った場合にはお近くのペインクリニックでご相談ください。