【医師執筆】麻酔が効きにくい人とは?対処法はある?

2023.09.25

  • LINE

監修医師:郷 正憲(徳島赤十字病院)
保有免許・資格は日本麻酔科学会専門医、ICLSコースディレクター、JB-POT。主な著書は『看護師と研修医のための全身管理の本』。

「お酒が強い人は麻酔が効きづらい」という話を耳にしたことはありませんか?また歯の治療などをする際に麻酔が効きづらく辛い思いをしたことがある、という方もいるかもしれません。

ですが実際には麻酔が効かないということはまずありません。ではどうして「麻酔が効きづらい」と思っている方がいるのでしょうか?

そんな疑問を解決するべく、今回は麻酔科医の郷 正憲先生に麻酔が効きづらい原因や対処法について教えていただきます。

麻酔が効きづらい原因は?

麻酔が効きづらいと思っている方はいらっしゃらないでしょうか。でも、実際には麻酔が効かないということはまずありません

では、麻酔が効きづらいという場合にはどのような状況が考えられるのでしょうか。

局所麻酔が効きづらい

局所麻酔は、処置を行う部位や、処置を行う部位の痛みを伝える神経の周りなどに局所麻酔をすることで神経を麻痺させ、痛みを伝えなくする手技です。

処置を行った時に、局所麻酔を先生がしてくれても痛くて処置ができなかったという事から、私は麻酔が効かない人なのだと思っている方がいらっしゃると思います。しかし、基本的に局所麻酔薬が効かないことはありません。しっかりと目的の場所に局所麻酔薬が届いていれば、作用が出ないことはないのです。

では、なぜそのときに局所麻酔が効かなかったのでしょうか。ズバリ言ってしまうと、そのときに局所麻酔を行った医師がちゃんと局所麻酔をできていなかったからと言う事につきます。

よくあるミスとして、局所麻酔をちゃんと皮膚の各層にできていなかったという事があります。
皮膚は、表皮層、真皮層、皮下組織層と3層構造になっています。この中で痛みを感じるのが真皮層と皮下組織層です。皮下組織層には、局所麻酔薬を注射すると良く広がり、周囲の広い範囲がブロックされます。
しかしそれは皮下組織層の中でのこと。真皮層には局所麻酔薬が広がらないため、真皮層での痛みは残ってしまいます。そのことを知らずに皮下組織にばかり局所麻酔をする医師が意外と多いのです。

また、炎症が起こっているということもポイントとなります。炎症というのは感染が起こっていたり、傷口が治ろうとしている時に起こっている反応で、赤く腫れているのが炎症が起こっている部位になります。

症が起こっていると、局所麻酔薬が効きにくいという特徴があります。
全く効かないということはありませんので十分な量を使用し、効果がちゃんと出るまでしっかり待てば良いのですが、それらをせずに治療を行ってしまうと痛みを感じることになります。

もちろんこれらのことは医者が知っておくべき事ですから、患者さん側でなんとかしなければならないということは全くありません。

全身麻酔が効きづらい

全身麻酔が効かない体質、ということを言う人がいます。しかし、全身麻酔が効かないことはありません
全身麻酔が効かないと思っている人の多くは、麻酔薬が十分投与されていないために途中で覚醒してしまった状態を言います。

ただし、ちゃんとした全身麻酔を行っている場合に途中で目が覚めるということはほとんどありません。
ここで言う全身麻酔というのは、痛みを全く感じなくするために麻酔薬の上に麻薬も投与して、呼吸が完全に止まってしまうほどの麻酔をかけて人工呼吸も行うほどの全身麻酔です。このような全身麻酔の場合には、意識が出てくる様なことはごくごくまれにしか起こってきません。

一方で、そこまでの麻酔は必要ない場合には点滴から麻酔薬を少量流すだけの、いわゆる鎮静に分類されるような麻酔を行う場合もあります。そのようなときには、薬を増やしすぎると呼吸抑制が起こってしまいますから、やや薬の量を少なめにしますので目が覚めてしまう場合があるのです。

鎮静の途中で目が覚めやすい人の特徴は?

では、このような鎮静をする場合には目が覚めやすい人、目が覚めにくい人という特徴はあるのでしょうか。
ポイントは薬の血液中の濃度と、加齢に伴う脳の萎縮です。

薬というのは投与された後、ずっと血液中に残るわけではありません。投与直後に最大の血液中濃度となった後、だんだんと低下してきて一定を下回ると覚醒します。この薬の減少に寄与するのは肝臓での代謝と、腎臓からの排泄です。

腎臓からの排泄は、腎機能が廃絶していなければ個人差はほとんどありません。ですので、問題になるのは肝臓での代謝です
肝臓というのは、異物が血液中にあると分解したり、身体の各部分で作用しないように構造を変化させたりする作用があります。この作用は、酵素によって行われます。

しかし、普段からこのような作用をよくしていると、だんだんと肝臓は早く分解や構造変化ができるように酵素の量を多く産生するようになります。
特に顕著なのが、飲酒です。飲酒を多くしていると酵素の量が多くなってしまい、薬等の分解も非常に早くなってしまいます。このような酵素が増加することを「酵素誘導」と言います。

酵素誘導が起こっていると、肝臓での代謝が早くなりますから、薬を投与してもすぐに分解されてしまい、薬の効果が早く消失してしまいます。

しかし注意していただきたいのは、あくまで分解が早いという事ですから、投与してすぐの血中濃度には代わりはありません。そこからの濃度の低下スピードが早いと言うだけです。そのため、大量に飲酒していて酵素誘導されているような場合でも、追加の投与速度を速くすることで鎮静状態を維持することは可能です。

また、加齢に伴う脳の萎縮も麻酔の効果に大いに寄与します。脳が萎縮すると少し薄い血中濃度でも効果が発現します。そのため、高齢者では必ず麻酔薬は投与量を減量します。
しかし中にはそこまで脳が萎縮していないこともありますので、年齢に応じて量を減量しても、思った程薬の効果が出ない、といったことが起こってくるのです。

このような様々な条件により、鎮静をしていても途中で目が覚めてしまうことはあります。決して麻酔が効かないわけではなく、麻酔から覚めやすいという事ですので、もし過去にこのような事があった場合には麻酔を行う医師にお伝えください。薬を増量することで対処いたします。

麻酔を効きやすくする方法はある?

ここまでお読みいただけると分かるように、基本的には麻酔をちゃんと効かせるのは医療者側の問題です。しかし、麻酔が効きにくいと言う自覚がある場合には、対処法がないわけではないです。

前述の通り、飲酒をしていれば酵素誘導が起こってきて麻酔が効きづらくなりますから、なるべく飲酒量を少なくするという事がお勧めです。飲酒に限らず、種々の薬剤も酵素誘導を起こしますから、注意が必要です。

もちろん、薬はやめられない事情があるのは当然でしょう。ですので、医療者側に注意をしてもらうしかありません。飲んでいる薬についても、飲酒状況とともに正確に医療者側に伝えるようにしてください。

個人でできることはあまりありませんが、この記事をご参考にして頂ければ幸いです。

まとめ

今回は麻酔科医の郷 正憲先生に麻酔が効きづらい原因や対処法について教えていただきました。

基本的には「麻酔が効かない」ということはありません。しかし医師のミスで麻酔がきちんと皮膚の各層にまで届かなかったり、炎症が強かったりすると、麻酔が効きづらくなることが考えられます。
また人によっては、鎮静の途中で目が覚めてしまいやすいという場合もあります。過去に治療の途中で鎮静の途中で目が覚めてしまった、という経験がある方は、事前に麻酔を行う医師に伝えておくようにしましょう。