メディコレNEWS|【医師監修】全身麻酔の仕組みとリスク

2023.09.25

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監修医師:郷 正憲(徳島赤十字病院)
保有免許・資格は日本麻酔科学会専門医、ICLSコースディレクター、JB-POT。主な著書は『看護師と研修医のための全身管理の本』。

全身麻酔を初めて受けるとなると非常に不安が強いことと思います。そうでなくても全身麻酔ってどうして効くのか疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。

そこで今回は麻酔科医の郷 正憲先生に全身麻酔の仕組みやリスクについて詳しく教えていただきます。

全身麻酔ってどんなもの?

そもそも、麻酔は何のためにするのでしょうか。一般に痛みがない、ということを目標に麻酔をすると思われがちですが、実際にはそれだけでは麻酔は達成できません。

たしかに皮膚をちょっと切開するだけ、とか、眼の手術をするだけとなれば局所麻酔をすることで痛みを抑えて手術は実施可能です。しかし、内臓の手術をしたり、広い範囲の手術をしたりする場合、痛みが抑えられるだけでは手術は不可能です。

例えば、8時間以上もする手術をするのに、痛みは治まっているからじっとして耐えてくださいと言われて耐えられるでしょうか。実際にはまず不可能でしょう。動いてしまうのは目に見えています。

そのため、麻酔の目的というものは、一般に「手術部位の不動化」であるとされています。手術をする場所が動かないようにするのが麻酔の最大の目的になります。

麻酔の3要素

「手術部位の不動化」を達成するために必要な要素が麻酔の三要素と呼ばれ、「鎮静」・「鎮痛」・「筋弛緩」の3つとされています。

「鎮静」というのは、麻酔を受けている間、意識をなくすことです。意識があっては長時間の手術でしんどいですし、不意に動いてしまうかもしれません。

「鎮痛」はその名の通り、痛みを抑えることです。これには手術部位の痛みを抑えるという目的もありますし、麻酔をかけたり手術をしたりする際に様々にかかる侵襲に対して身体が反応しないようにするという目的もあります。

「筋弛緩」というのは、筋肉を収縮しないようにさせることです。鎮静や鎮痛に比べて重要性が理解しにくいものではあると思われますが、かなり重要な要素になります。
人の身体は侵襲を受けると脊髄反射と呼ばれる反射が起こります。これによって身体が動くのも、もちろん手術にとっては邪魔な反射になります。さらに手術は多くの場合筋肉をかき分けて目的のところに到達するのですが、反射があると筋肉が収縮して手術を非常にしにくくしてしまうのです。そのため、適切な筋弛緩が行われる事で手術の難易度は大きく変わってくるのです。

このような三要素を達成するため、麻酔の際には鎮静のために鎮静薬、鎮痛の為に鎮痛薬、筋弛緩のために筋弛緩薬を投与します。これだけすれば麻酔自体は可能です。しかし、ことはそこまで簡単なものではありません。

麻酔薬による副作用

薬というものは全て副作用というものが存在します。それが意識をなくすほど強い鎮静薬、痛みを全く感じなくするだけの鎮痛薬、筋肉を収縮しないようにするほどの筋弛緩薬を使用して身体に対して何も影響が出ないわけがありません。

ここで、知っておいてほしい知識があります。麻酔とは少し離れるのですが、救急医療の分野で重要とされる「救急のABCDE」という概念があります。これは、この順番で処置をしていかないと身体の活動を正常に保てないことになるような重篤な状態を示す言葉です。

AはAirway、すなわち気道です。気道というのは空気の通り道です。口や鼻から空気は身体に入ってきてのどを通り、気管に入って肺まで至ります。この通り道のどこかに異常があると、人は窒息をしてしまいます。
麻酔をかけると、この気道に異常が出てきます。人ののどというのは、何もしないと舌が奥の方にたれてしまい、気道が閉塞してしまいます。通常であれば、寝ていても舌がたれ込んでしまわないように筋肉が収縮して気道を開通させるように維持します。しかし、麻酔がかかるとそうはいきません。筋肉が弛緩してしまいますから、舌がたれ込んでしまいます。それによって気道が閉塞してしまうことを防ぐために、人工呼吸用のチューブを挿入して空気の通り道を確保するのです。
なお、人工呼吸のチューブを入れるのは苦しそうと思われるかもしれませんが、もちろん麻酔がかかってから行われます。鎮痛薬を十分投与しておけば苦しさは特に感じません。

続いてBです。BはBreathingの略で、呼吸を示します。筋肉が弛緩すると呼吸は止まってしまいます。また、鎮静薬や鎮痛薬も、呼吸を減らしてしまう作用がありますので、それらによっても呼吸が止まってしまうのです。
これを防ぐために、人工呼吸のチューブに人工呼吸器を接続して麻酔をかけている間中人工呼吸を継続します。

CがCirculation、循環を意味します。すなわち、血圧や脈拍と言った血の巡りに関わる状態です。
麻酔をかけると鎮静薬や鎮痛薬の影響で多くの場合血圧が低下します。少しであれば特に影響はありませんが、特に高齢者や全身の状態が悪い人などは麻酔をかけるとガツンと血圧が下がってしまいます。それを防ぐために血圧を上げる薬などを準備して対応します。

DがDisfunction of CNSの略で、要は意識状態です。
これは麻酔による合併症と言うよりは麻酔の目的であると言えますので、厳密に管理するわけではありませんが、それでも麻酔薬を投与しすぎると鎮静度があまりに深くなってしまい、術後の状態に影響すると言われていますので、適切な麻酔の深さを維持するために麻酔科医が意識しているところです。

EがEnvironmentで、環境と略されますが、多くの場合は体温を示します。
麻酔をかけると体温を維持する機能が低下しますので、体温が低下してしまうことが多くあります。そのため体温を常に測定しながら、必要に応じて体温を調節するために身体を加温したり、逆に冷却したりします。

このように、麻酔の三要素を達成するために麻酔薬を投与しながら、麻酔薬による副作用に対処するために様々な事を行うのが麻酔の全体像です。なんとなくイメージできたでしょうか。

なお、全身麻酔と言っても広い意味では、鎮静のみで対応して処置を行う様な場合も含みます。胃カメラなどをするときに行う麻酔がそれです。この場合の麻酔は、鎮静を適切に行って意識はなくすが呼吸も止まらない程度の麻酔をすることで検査中のことを忘れさせる麻酔です。

このように、三要素を全て行わないで一部だけ行う事で副作用を少なくして処置を行う場合もありますが、やはり痛みがある場合にはなかなかできません。限定的なものと捉えるのが良いでしょう。

全身麻酔のリスク

では、全身麻酔を行うとき、どのようなリスクが存在するのでしょうか。

 ABCDEに伴うリスク

Aの異常ですが、人工呼吸のチューブを挿入すると説明しました。しかし人工呼吸のチューブ挿入は日常的に行うものの、人によっては非常に挿入が難しい場合もあるのです。
この挿入がうまくいかないと、もちろん呼吸ができなくなってしまいますから低酸素に陥ってしまい、様々な合併症が起こってきます。近年ではビデオ喉頭鏡と言って非常に人工呼吸のチューブ挿入が簡単になるツールが登場したためにリスクはかなり軽減され、人工呼吸のチューブ挿入ができないということはまず起こらないと言ってもいいぐらいになってきました。しかし完全にゼロにはなっていないため麻酔科医は日々注意をしています。

また、人工呼吸のチューブを入れる際に、歯や唇を傷つけてしまう場合があります。口を大きく開けなければならないので、その際に傷つけてしまうのです。

Bの異常ですが、誤嚥という現象に気を遣っています。
通常、胃の中に入っているものは逆流をしないように、食道と胃の接合部にある括約筋が働いています。しかし、麻酔をかけるとこの筋肉が緩んでしまい、胃の中のものが食道へ逆流してしまいます。それがのどまで逆流してきて、気道の方に入ってしまうことを誤嚥と言います。誤嚥がひどいと肺炎を起こすこともあり、危険な病態です。

それを防ぐために、麻酔の前には絶飲絶食の時間が設けられます。食事は6時間、水分は2時間で胃から十二指腸へと移動しきるとされているため、それだけの時間を絶食絶飲にして手術に備えます。しかし緊急手術の場合は絶飲食の準備ができませんから、麻酔に伴って誤嚥を起こす可能性があるのです。もちろん誤嚥を起こしにくい麻酔のかけ方があるためその方法をとるのですが、注意が必要なところです。

Cの異常ですが、やはり血圧の低下や脈拍の異常は非常に難しいです。血圧を上げる薬、下げる薬、脈を調節する薬などを使用するとともに、適切な輸液を行う事で体内の水分量を適切に保つ事で循環を維持します。

Eについては、体温の異常です。前述の通り、体温低下が起こってくる場合がありますので保温します。

それ以外の副作用

全身麻酔に伴う有名な副作用として、「悪性高熱症」があります。これは全身麻酔をかけると熱を産生する機構が止めどなく働いてしまい、熱がどんどんと上がってしまう病気です。
基本的には遺伝性が認められる病気です。ですので、家族で悪性高熱症があると言われている人は気をつける必要があります。逆に、家族が全く問題無く麻酔を受けていればまずおこる事はありません。

一方で、よく言われる麻酔をかけると馬鹿になるという事ですが、現在の麻酔薬ではそのような事はありません。以前の麻酔薬では認知症を悪化させるというリスクがありましたが、現在の麻酔薬ではそのような事はありませんのでご安心ください。

また、麻酔をかけると麻酔から覚めなくなると言うこともありません。麻酔の薬が体内から排泄されれば必ず目が覚めます。
身体の状態によって麻酔薬の排泄が異常に遅い場合には覚醒が遅延することもありますが、それでもいずれ覚めます。よく大きな外傷後などで麻酔から覚めない、といった表現がされますが、正確には外傷などによって脳にダメージが有り、そのせいで目が覚めないだけです。そのような事が無く、また麻酔中に脳梗塞が起こる等という事がなければ麻酔から覚めないということはないのです。

まとめ

今回は麻酔科医の郷 正憲先生に全身麻酔の仕組みやリスクについて教えていただきました。

全身麻酔は100%安全、とは言い切れないのが難しいところですが、麻酔科医は日々100%安全に近づけることができるよう様々な努力をしています。

疑問点などあれば麻酔科医の診察の際に質問をしてみてください。