「症状を治すのではなく生活そのものを治す」 精神科専門医・舘野歩ドクターの思い

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2024.10.29

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株式会社メディコレが目指す、誰もが安心できる医療情報に触れることができる社会には、情報を監修する医師の力が欠かせません。今回は、東京慈恵会医科大学精神医学講座の舘野歩教授にお話しを伺いました。

Profile
舘野 歩
東京慈恵会医科大学医学部医学科卒業。東京慈恵会医科大学附属第三病院精神神経科に勤務し、森田療法を中心に臨床研究教育に従事。アメリカ・ウェスタンミシガン大学へ留学し、森田療法と第三世代認知行動療法との相違について研究。現在は東京慈恵会医科大学精神医学講座の教授を務める。所属学会・資格は、精神保健指定医、日本精神神経学会専門医・指導医、日本森田療法学会認定医、日本精神神経学会精神療法研修委員会委員、日本森田療法学会理事、日本森田療法学会研修委員、日本内観医学会評議員。

「症状を治すのではなく生活、生き方を治す」森田療法の発展を目指して

――本日はお時間いただきありがとうございます!先生は2024年10月から東京慈恵会医科大学精神医学講座の教授に就任されていますが、そもそも医者を志した理由を教えてください。

1988年にピアノ発表会に出る舘野歩教授

舘野先生 キャリアを考え始めたタイミングでは「絶対に医師になる」というメンタリティはありませんでした。私の両親は、父親がエンジニアで、母親が自宅でピアノを教えていました。母親の影響で私も3歳からピアノをやっていたんです。受験勉強を並行してピアノの練習も続けていましたので、実は音楽の仕事をしたいと思ったこともありましたね。しかし、現実的なことを考えると私の母親も音楽で食べていくことには反対でした。音楽で人を癒すのではなく、他の道で人を癒すことを考えると、医術で人を治したいという思いに至りました。ここから医学部を目指し、無事に医学部に合格したことで医師としてのキャリアの第一歩を踏み出すことになります。

――医術への興味のスタートが、音楽とは異なる癒しという観点は大変興味深いですね。現在の診療科に進んだきっかけはどういったものだったのでしょうか?

舘野先生 先ほど申し上げたような経緯で、医学部には漠然とした意識で入学しました。もちろん普通に勉強しましたが、自分にフィットする診療科はないと思って過ごしていました。臨床実習に出て、巡っていくうちに最後の方に精神科の実習がありました。当時、主任教授である牛島定信先生の回診を見て、対話を重視するということに興味を持ちました。東京慈恵会医科大学には、「病気を診ずして病人を診よ」という建学の精神がありますが、専門家がいても全体を見ながら治療するという観点からは、なかなか他の診療科の中ではフィットするものがありませんでした。精神科の回診を見た時に、元々音楽で人を癒すという思いを持っていた私と考えが近いという気持ちで、精神科の道を志しました。

――精神科の道を選んだ後はどのようなキャリアを歩まれたのでしょうか?

舘野先生 大学を卒業した後は、新橋にある東京慈恵会医科大学附属病院で2年の初期研修を行いました。われわれの時は医師国家試験の免許を取ったらすぐに志望する診療科を決めていたので、精神科を数ヶ月経験した後に内科などをローテーションしていました。精神科最初の指導医が森田療法を専門になさっている中村敬先生でした。そこからは、森田療法を勉強しながら、研修の身でしたが治療にも当たりました。精神科全体の勉強をしないといけないので、お薬やECT = 電気けいれん療法で良くなる患者さんも多く経験しました。当時受け持った重症対人恐怖症の患者さんは対話を中心とした治療なのでドラスティックに良くなるわけではなかったですが、患者さんがゆっくり成長していく過程を診ることができたのが印象でした。森田療法は、症状を治すのではなく、生活や生き方を治すものです。私はそこに魅力を感じました。1年間留学を挟んで30年近く森田療法の臨床研究にあたっています。

――「症状を治すのではなく生活や生き方を治す」という森田療法は、東京慈恵会医科大学の「病気を診ずして病人を診よ」という建学の精神にも通じるものを感じます。森田療法についてもう少し伺ってもよろしいでしょうか?

舘野先生 森田療法は、対話を通じて感情や行動の変化を起こしていく精神(心理)療法のひとつです。かつては精神分析療法がメジャーでしたが、昨今は認知行動療法がグローバルスタンダードになっています。森田療法は森田正馬先生が自身の神経症を乗りこえて作った治療法です。認知行動療法と森田療法は症状への悪循環を同定することは共通していますが、悪循環の切り方が異なります。認知行動療法では症状の背後の自動思考を変えるようアプローチしますが、森田療法では不安の背後にある「~したい」欲求に働きかけます。森田療法の魅力は、症状が辛くて診療に来る患者さんが森田療法を行うことでより本質的な悩むに気がつくということです。患者さんの生き方というか、変えなくてはいけない点が見えてくるんです。アフターコロナ、さらに不況という、そういう昨今だからこそ、症状を治すだけではなく生き方にまで踏み込んで変えていくということは重要だと考えています。

――森田療法は令和の今だからこそマッチする治療法ということでしょうか?

舘野先生 そうですね。日本は元々自然災害がある国ですが、最近は台風のたびに土砂災害が出るなど、被害が多くなっていますし、経済状況も不安定です。こうした不安というものは、薬である程度は和らげることはできますが、完全には無くならないものです。自分が不安とどう向き合うのか、どう生きていくのかという問題に向き合うことが大事です。かつての高度経済成長時の立身出世が全てという時代と違う今だからこそ、どう生きていくかを見つめるのが大事な時代と思います。

――森田療法はどのような患者さんに向いているのでしょうか?

舘野先生 森田療法は、合いやすい人と合いにくい人います。絶対的な基準はないです。森田療法による治療の年数を積んでいる私でも迷うこともあります。昔と社会や生活も変わっていく中で、時代に応じた病態の変化というのがあります。その時々によって基準も異なりますが、ざっくり言えば、「症状に対してとらわれている」と感じ悪循環に陥っていると自覚している人が森田療法に合いやすいです。疾患でいうと、パニック症、社交不安症、強迫症、病気不安症などで、根底に適応不安を持っている方です。オーバードーズや手首を切るといった衝動的な行動をとる人に森田療法は適用しづらいです。森田療法は、慢性うつ病、慢性疼痛、がん患者の緩和ケア、アトピー性皮膚炎などへと応用されています。

――森田療法を受けることができる病院やクリニックはどのように見つけたらいいでしょうか?

舘野先生 メンタルヘルス岡本記念財団という財団があるのですが、こちらのHPを見るといいかと思います。推薦リストが載っていたりする。「森田療法医療機関」という項目があるので、ぜひご覧になってみてください。医療機関の情報以外にも様々な情報が載っていますので、こちらもおすすめです。

――ここまでは先生のキャリアや森田療法についてお話を伺ってきましたが、先生の将来的なビジョンを教えてください。

舘野先生 大学病院は、どうしても比較的重度の方の診察になりがちですが、もう少し予防的な観点にも取り組んでみたいという思いはあります。中学生以降の子供に対するメンタルケアの教育はやってみたいですね。こうした予防的な観点、医療の範囲からもう少し広げ、健康に過ごしてもらうという方向に森田療法を活用できればいいですね。森田療法をセルフケアとして広めていきたいです。

また、最近は企業が従業員のメンタルヘルスをケアする動きが盛んになっています。マインドフルネス、セルフコンパッションが隆盛ですよね。さらに、上司と部下のコミュニケーションも大事になっています。こうした上司と部下のコミュニケーションにおいて、森田療法のロジックを掛け合わせると面白いことができるかもしれません。世代間の価値観などで対話してもコミュニケーションを円滑にすることが難しい場面も多くあると思います。上司部下の関係に森田療法の知恵を入れると、組織として成長することができ生産性もあがるので面白いと思いますよ。