「世界から腰痛で困る人をなくす」
松平浩ドクターのビジョン

2023.03.01

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医師の研究/プロジェクトをどこよりもわかりやすく紹介する「ドクターズビジョン」。今回は腰痛について研究する松平浩先生にお話しを伺いました。

腰痛は、グローバルでは6億人以上の患者がいると言われています。海外の市場調査を行うDelveInsightの発表によると、主要7か国の慢性腰痛の市場規模は、2020年に約62億ドル(約8000億円)であることが分かりました。

松平先生の研究によってどんな未来・価値が作り出されるのか。松平先生の研究のビジョンに迫ります。

Profile
松平 浩

Tailor Made Back pain Clinic(TMBC) 院長
元 東京大学医学部附属病院 22世紀医療センター 特任教授
「これだけ体操」など、エビデンスに基づく腰痛治療・予防の研究に取り組む。2015年NHKスペシャル「腰痛・治療革命」をはじめ、メディア出演多数。医師が選ぶ名医「The Best Doctors in Japan」を2018-2019、2020-2021、2022-2023と3期連続選出。2022年、長年の腰痛研究/対策に対し、第74回保健文化賞を受賞。
Bipoji 美ポジ® Beautiful Body Balance Position

整形外科の花形じゃなかったからこそ極めた腰痛への熱意


――本日はお時間いただきありがとうございます!「世界から腰痛で困る人をなくす」というビッグビジョンを持つ先生のお話を伺うことを楽しみにしておりました。腰痛の研究の話の前に、そもそもなぜ医師になったのかを教えてください。

松平先生 あまり面白い話ではないのですが(笑)、父が整形外科医でして、東大整形外科の医局の先輩なんです。開業した父の跡を継がなければいけないのかな、という漠然とした思いがあって、医者の道に進みました。正直に言うと、医者という職業にも、整形外科という科にも、強い興味があったわけではありません。むしろ学生時代は血液内科や精神科に興味を抱いていました。

――全く違う科に興味を持っていたのに、なぜ腰痛研究に携わることになったのですか?

松平先生 1992年に順天堂大学医学部医学科を卒業した後に同年東京大学整形外科に入局しました。その後いくつかの病院で研修をしていた中で、腰痛グループのチーフをされていた医局の先輩のお手伝いをさせていただいたことが、腰痛研究に携わるきっかけとなりました。1998年に東京大学整形外科の助手(腰痛グループチーフ)となり、その頃から腰痛の専門家としての自覚が芽生えてきました。2006年に論文博士を取得したのですが、その当時、欧米で腰痛に心理社会的要因(ストレスなど)が関与するという高いレベルのエビデンス(学術的な根拠)があり、日本人における検証が必要だと考え、基盤もない中そういった研究をはじめました。
そこから約17年間研究を続けてきましたが、その取り組みが評価されて、2022年末には第74回保健文化賞を受賞することができました。民間で陛下に拝謁できる賞は保健衛生分野では保健文化賞だけなので、素晴らしい機会をいただけたことに感謝しています。

――医者にも整形外科にも興味が薄かった中で、保健文化賞を受賞するに至るほど研究に没頭できたことに何か理由がありますか?

松平先生 東大の整形外科へ入局した当時、実は腰痛グループはいわゆる花形の部署ではありませんでした。エリートといわれるような人たちはあまり腰痛グループに来ることはなかったので、腰痛グループにいる自分は東大整形の中ではエリートじゃない、という意識をもっていました。しかし他の大学の先生などは、やはり東大という看板もあり、私のことをプロという風に見ますので、その名に恥じぬよう自分で自分を追い込んだというのはあると思います。

腰痛セルフマネジメントの効果を上げるには「ACEをねらえ!」

さて、いよいよ先生の研究の成果、松平式腰痛メソッドについて教えてください。

松平先生 松平式腰痛メソッドには、3つの重要なポイントがあります。1つ目は『セルフマネジメント支援』です。腰痛の治療というと、接骨やマッサージといった受け身の治療を選択する人が多いでしょう。もちろんそういったもの全てを否定するつもりはありませんが、一番大事なのは「セルフマネジメント」、つまり自分が自分の体の社長になり、自分の体の社員をマネジメントしていくという考え方です。2つ目は、『個別化(テーラーメイド)』です。患者さん一人ひとりの体の声に耳を傾けて、その人の弱点を見つけ出します。その弱点に合わせたオリジナルのレシピを組んで、料理を出してあげるというような手法をとっています。3つ目は『行動変容』です。どんなに効果的な治療であっても、患者さん本人の行動が伴わないと意味がありません。運動療法と心理社会的介入、特に認知行動療法を用いて『これをやると効きそうだな』と患者さん自身が気づいて、セルフマネジメントにつなげていく、そんなお手伝いをしています。
これまでセルフマネジメント支援の提供は、世界中でさまざまな手法が用いられていましたが、それらはおおむね長い時間をかけて行うようなものでした。それをできるだけ短時間で、効果的に行うという点に注力しています。例えば、これまで標準的な介入だと週1回のエクササイズを12週間続けなければいけなかったものが、私のメソッドでは隔週のエクササイズを6週間で済むようにできています。別の例では、合計で720分行わないといけないエクササイズを、86%の時短を実現して合計100分で効果が出るように改善しています。

Jinnouchi H, et al. Spine Surg Relat Res 3: 377, 2019

――ここまで伺うと理論はすごい!と思うのですが・・・本当に効くんですか?

松平先生 しっかりと効果が出ますよ。こちらの動画がわかりやすいですね。慢性腰痛をお持ちのシニアの方に対して、松平式で20分介入を行ったビフォー・アフターになります。

Before
After

――たった20分でこんなに違いが出るんですか!松平式腰痛メソッドの具体的な手法に鍵がありそうですね。

松平先生 そうですね。私は腰痛に対する運動療法として『ACEをねらえ!』という新しいコンセプトを構築しました。これは2016年の日本医師会雑誌で発表したものなのですが、RCT(ランダム化比較試験)を行い、腰痛に対する有用性が証明されています。Alignment(姿勢を適切にするためのストレッチ)、Core muscles(インナーマッスルを鍛えるストレッチ)、Endogenous activation(有酸素運動による内因性物質の活性化)、この3つの頭文字をとって「ACEをねらえ!」と名付けました。『これだけ体操』もこのAlignmentのストレッチの中の1つとして、取り入れています。

――「ACEをねらえ!」って、山本鈴美香先生のあの「エースをねらえ!」のパクリ・・・失礼、オマージュですよね?あえてキャッチ―な名称をつけていることに何か意味はありますか?

松平先生 ちょっとウケを狙いにいくようなクセがあるんですけど(笑)、せっかくいいコンテンツを作っても、伝わらなければ意味がないじゃないですか。伝わらないことは敗北と同じだと思っているので、分かりやすく伝えるための努力は可能な限り、惜しみなくした方がいいんだろうなということは、潜在的な思いとしてあります。

松平先生が思い描くビジョン

――先生は研究の成果によってどのような世界にしていきたいですか?先生の研究のミッションを教えてください

松平先生 私のミッションは2つあると思っています。1つ目は『世界から腰痛で困る人をなくす』ということ。国民生活基礎調査によると、腰痛の自覚症状のある人は長年1位という状況から変化がありません。グローバルではYLD(Years Lived with Disability)という生活に支障をきたす年数をあらわす指標があるのですが、腰痛が四半世紀ずっと1位をとっています。もともとこういった統計を変えていきたい、という思いが根底にあって、研究を続けてきました。2つ目は『トボトボ歩きのシニアをゼロにする』ことです。特にコロナ禍で身体活動が低下し、疾病の悪化や心身の機能低下が問題視されている今、より優先して取り組むべき課題であると認識しています。

ライオン株式会社と制作した「健口眠体操」の撮影風景

――研究を通してどんな世界を実現していきたいのか、先生が思い描くビジョンを教えてください。

松平先生 腰痛は手術だけで改善するのは難しく、エビデンスの強い運動療法や認知行動療法を組み合わせて、しっかりと管理していくことが必要です。医療の細分化もあり、一般的には手術や運動療法や認知行動療法など、それぞれの専門家が集学的に治療にあたります。しかし私の場合はこれまでの経験から、腰痛のマネジメントに必要な多くの分野の知見やノウハウを持っているので、これが私の研究における価値になると思います。治療から予防まで全てを一人で網羅できるのは、もしかすると世界でも私ひとりかもしれません。
ただ、どうしても私ひとりで診られる患者さんは限られてくるので、多くの人に私の手法をお届けする仕組みが必要だと考えています。現在腰痛対策アプリの開発などに携わっていますが、そういったものをより発展させて、多くの人が手軽に取り組めるコンテンツ作りをしていく予定です。
あとは家元制度ではないんですけど、「松平式腰痛メソッド」を患者さんに提供できる治療者やセラピストを増やしていく、ということも今後やっていきたいなと思っています。腰痛は労働生産性を低下させ、年間で約3兆円もの経済損失があることが私どもの研究からも明らかになっています。働く世代の腰痛の問題を解決することができれば、最終的には世界の経済にも影響を与えるかもしれません。またシニア世代においても、腰痛がなくなり活動が増えることで、ウェルビーイングの実現につながる、そんな世界が作れればいいなと思っています。

読者の方へ伝えたいメッセージ

――最後に、ここまで読んでいただいた方に伝えたいメッセージをお願いします。

松平先生 現在腰痛で悩んでいる方は、まずは『これだけ体操』だけでも覚えて実践してみてください。接骨やマッサージなどの受け身の治療を頭から否定する気はありませんが、セルフマネジメント力、つまり自己管理能力を高めることで腰痛改善という結果があらわれやすくなります。
とはいえ、私が積み上げてきた松平式腰痛メソッドが万能だというわけではありません。その人に合わせた最適な情報が選択できるような、参加型のプラットフォームを作っていけたらいいなと考えています。そこが腰痛というソーシャルな社会になり、みんなでソリューションを作っていけたら面白そうですよね。私の研究や取り組みを世界中の人に届けるためには、どうしても私ひとりの力では難しいと思っています。もし興味をもってくださった企業や行政などがいらっしゃいましたら、今後お互いに手を取り合って、より社会に貢献できるような取り組みをしていければと考えています。

松平浩先生が実演 「これだけ体操」