「女性の人権向上をめざす」
東京大学・平池修ドクターのビジョン

2023.03.16

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医師の研究/プロジェクトをどこよりもわかりやすく紹介する「ドクターズビジョン」。今回はセルフジャッジを基にした定量的な受診勧奨について研究する東京大学 准教授 平池修先生にお話しを伺いました。

産婦人科を受診するハードルが下がり、女性が生理痛やPMSの適切な治療を受けられるようになると、どのような変化が訪れるのか。平池先生の研究のビジョンに迫ります。

Profile
平池 修
東京大学 医学部附属病院 女性診療科・産科 准教授(2023年1月時点)
1995年東京大学医学部医学科卒業。2002年 東京大学医学系大学院 生殖・発達・加齢医学終了 学位(医学博士)、2013年東京大学医学部附属病院講師を経て、2015年より現職。

女性の一生に関わる、平池先生が考える産婦人科医の魅力

――本日はお時間いただきありがとうございます!この記事の読者の方々の中にも、生理痛やPMSでお悩みの方は多いかと思います。今回はそんな女性の悩みを解決するべく、研究をされている先生のお話を伺えるとのことで、とても楽しみにしておりました。研究の内容についてお伺いする前に、そもそもなぜ医師になったのか教えてください。

平池先生 すごく強い動機があったわけではないんですが、子どもの頃から診療や手術には興味を持っていました。学生時代に進路を選ぶ際、もともと理系に進もうという気持ちはあったのですが、その中で子どもの時から興味のあった医療という分野をやってみるのも悪くないかなと考えました。実際に勉強をしていく中で、医者になるかどうかという葛藤があった時期もありましたが、その一方で医療という分野の面白さも感じ、医者の道に進むことを決心しました。

――手術に興味があったと聞くと外科医を思い浮かべますが、どうして産婦人科医になったんですか?

平池先生 実はもともと産婦人科は選択肢としてあまり考えていませんでした。専門の領域を決めるにあたり、外科系の科目以外にも、放射線科や病理なんかにも興味があったので、なかなか1つに絞りきれず悩んでいました。そんな時、当時所属していた地域医療に関わる部活の部長をなさっていた産婦人科の先生が非常に親身に相談に乗ってくださったんです。その先生とのご縁があり、産婦人科について詳しく調べはじめたのがきっかけでした。
受精した杯(卵の段階)から老齢期に至るまで、女性の一生に関わりながら、バリエーションに富んだ診療ができるという面白さを感じ、産婦人科医の道を決めました。

生理痛やPMSの重さを数値化する、平池先生の研究について

――ここからは先生が現在取り組まれている「セルフジャッジを基にした定量的な受診勧奨」の研究について教えてください。耳慣れない言葉が並んでいますが・・・具体的にはどういった研究なんでしょうか? 

平池先生 私の研究は、いくつかの質問から、生理痛(月経痛)やPMSなどの症状の重さを数値化しています。わかりやすく数値化することによって、病院に行く行かないの判断を女性自身ができるようになればいいなと思っています。
生理痛やPMSに悩んでいる女性というのは非常に多くて、とある調査によれば生理痛に悩む女性は約8割、PMSに悩む女性も約7~8割という結果がでています。ですが、生理痛やPMSの症状がどれくらい重いのかといったところは、客観的に判断しづらいですよね。例えば血糖値であれば、140mg/dL以上であれば病院に行きましょう、ということが一般的に言えますが、生理痛やPMSの重さは主観的な部分も多く、客観的に測定ができません。

――生理痛やPMSの重さを数値化するとのことですが、具体的にはどのように研究を進めているんですか?

平池先生 約1000名の女性の方を対象にWEB上でアンケートをとっています。アンケートは2種類あります。1つめは『月経困難症スコア』というものです。これは2つの質問(生理痛による生活への支障、鎮痛薬の使用頻度)に答えていただき、スコアを算出します。
もう1つは『modified MDQ』というものです。こちらは質問数が多く、35の項目について、月経前・月経中・月経後の変化を記録するようなものになります。この結果をもとに、実際にどの程度の割合で産婦人科の受診に至るか、ということを調べています。

産婦人科のネガティブイメージを払拭する

――生理痛やPMSって、なかなか周りに相談しづらかったり、我慢しないといけないものと思っている方も多いですよね。

平池先生 そうですね。まずは生理痛やPMSは我慢すべきものではなく、しっかり治療ができるものだという認識が広まればいいなと思っています。あとは、やはり産婦人科を受診するハードルが高いと感じる女性が多いことも問題点であると認識しています。

――私自身もハタチくらいの時に、はじめて産婦人科にかかったのですが、すごく緊張したのを覚えています。

平池先生 やはり産婦人科というとどうしても内診がイヤだな、という気持ちがあるかと思うんです。しかし必ずしも内診をしなければならない、というわけではないことをみなさんに知ってもらいたいです。
産婦人科にかかることが人の目に触れると、偏見をもたれてしまうのではないかと不安に感じる方もいらっしゃいますよね。また意外と多いのが、お母さん方が自分の娘が産婦人科にかかることにいい顔をしない、といったケースです。
生理痛やPMSをはじめ、月経のある女性に特有の疾患は産婦人科で治療ができる、という事実がもっと世間に広がり、産婦人科のネガティブイメージを払拭していきたいと思っています。

平池先生が思い描くビジョンとは

――先生はどんな思いで研究に取り組まれているのか、先生の研究のミッションを教えてください。

平池先生 近年国会などでも使われることが増えたのですが、『リプロダクティブヘルス/ライツ(Reproductive Health/Rights)』という言葉をご存じでしょうか。これは日本語でいうと、性と生殖に関する健康と権利、つまり妊娠出産をするかしないか、またするとしたらどのタイミングかを選択するのは基本的人権の1つである、という考え方です。この女性の人権を守り、女性が女性としてあるべき姿でいられるための手助けをすることが私の研究におけるミッションです。
また、先ほどもお話したように、生理痛やPMSは疾患としての頻度が非常に高いので、そこに対処するということは、患者さんのためになるだけでなく、日本の社会全体においてもプラスになると考えています。

――研究を通してどんな世界を実現していきたいのか、先生が思い描くビジョンを教えてください。

平池先生 女性が自分自身の人生を好きなように送れる社会の実現を目指しています。女性が男性と大きく異なるのは、毎月お腹の痛みに悩まされたり、気分変動が起こったりするという点ですよね。たとえばテストや試合などの大事な日に生理が重なり、本来の力が発揮できなかった、ということがしばしば起こりうるわけです。現代の女性は妊娠出産の機会が減り、また出産後も仕事復帰などの理由で早期に授乳を断念する方も多いので、どうしても昔に比べると生涯における生理の回数は多くなっているという報告があります。生理に悩まされる機会が増えたということは、いうなれば「社会的な損失」が大きくなっているわけです。
またみなさんご存じの通り、日本は深刻な少子高齢化の問題に直面し、国はその対策が求められています。私はこの日本という国がとても好きですし、良くなってほしいという思いを強く持っていますので、私の研究が女性の健康レベルの向上につながり、ひいてはそれが妊娠・出産を望む女性の手助けとなれればいいなという思いがあります。

読者の方へ伝えたいメッセージ

――最後に、ここまで読んでいただいた方に伝えたいメッセージをお願いします。

平池先生 ぜひみなさんにはヘルスリテラシー、つまり健康に関する情報を理解し活用する力をつけていただきたいです。なんでもかんでも病院に行くというわけではなく、自分の体の状態を自分で判断できるようになる、そのうえできちんと適切な治療を受ける、ということが非常に重要です。
私が現在取り組んでいる研究については、今後きちんと結果が出たら、AIドクターのようなデジタルサービスの発展につなげていくのも面白そうだなと感じています。そういったところに興味がある方がいらっしゃいましたら、ぜひご一緒できたら嬉しいです。