「目の疾患が発症する前に直す」柳靖雄ドクターのビジョン

2023.12.17

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医師の研究/プロジェクトをどこよりもわかりやすく紹介する「ドクターズビジョン」。今回は腰痛について研究する柳靖雄先生にお話しを伺いました。

加齢黄斑変性は、欧米諸国では成人の失明原因の第1位を占めており、日本でも高齢者の主要な視力障害の原因となっています。

柳先生の研究によってどんな未来・価値が作り出されるのか。柳先生の研究のビジョンに迫ります。

Profile
柳 靖雄

横浜市立大学 客員教授お花茶屋眼科診療担当院長
専門は黄斑疾患。 1995年に東京大学医学部を卒業後、同大学で講師を務め、2015年にシンガポール国立眼科センターに移って研究を実施。帰国後は、旭川医科大学の眼科学講座教授、横浜市立大学客員教授を歴任し、2020年11月からお花茶屋眼科診療担当院長に就任。医師が選ぶ名医「The Best Doctors in Japan」に2020-2021、2021-2022、2022-2023と連続して選出されています。

白内障手術で高齢者が若返る様子を見て眼科医を志す


――本日はお時間いただきありがとうございます!「目のケアによる健康寿命の最大化」というビジョンを持つ先生の思いを伺わせていただきます。「The Best Doctors in Japan」を2022-2023で選出されているように、眼科医からの評価が高い眼科医ですが、この道に進んだきっかけを教えてください。

柳先生 眼科に進んだきっかけのお話しの前に、そもそも医師という職業を選択したか、を振り返ってみると、きっかけは高校時代かなと思います。当時から大脳生理学に興味があったんです。中枢神経系の仕組みが目の中にあると知って、目の中の研究も面白いと思っていました。そこで、研究をやりたいから医学部に進学し、そのまま医師になる道に進みました。眼科に興味を持ったのは、手術で患者が良くなるのを拝見させていただいて、手術でQOL = Quality Of Lifeが良くなることがわかったからですね。白内障の手術をするとこれは、唯一高齢者が若返りできる手術だと思ってですね。患者さんもものすごく喜ばれますし、本当に為になっているんだっていうことが分かったので、最終的に眼科医を選びました。

――「唯一高齢者が若返りできる手術」と確信するほどのインパクトがあったんですね。医学部で学んでいた頃は、どのような学生だったのですか?

柳先生 学生時代にはトライアスロンやっていましたね。トライアスロンでは1日4時間とか練習していて、トライアスロン三昧な生活でした。ランニングと水泳、バイクと3種目あるので、それぞれの種目を順番に練習していましたね。基本的には長距離種目なので、それぞれロングスローディスタンスで長距離をゆっくり走るような練習をしていました。もちろん、インターバルなどでスピードや筋肉を鍛えるトレーニングもしていましたよ。やっぱりこう練習したらした分。その分の結果として返ってくるので、それが楽しくてついハマってしまいましたね。実は、大学1年生の頃はボート部に入っていたのですが、ボートを保管している艇庫と言う場所に寝泊まりしながら、大学に通う生活をしていました。ただ、ちょっとその生活も医学部にしては厳しいなと思いまして(笑)ただ、このボート部のトレーニングでランニングなど陸上部並にやるんですが、ここで長距離の楽しさに目覚めましたね。友人からは、「ランニングも水泳もバイクも辛い三重苦じゃない?」と言われていましたが。

――医学部の勉強もハードなのに、とてもハードな運動を毎日こなしていたとは驚きです。「三重苦じゃない?」と言われた時には、なんと答えていたんですか?

柳先生 「そりゃそうだよ」としか言えなかったですね(笑)。あとは、「それでも好きなんだ!」という自分の思いは伝えていましたよ。東大で中堅になって研究を指導する立場になった時に、毎日大体夜の11時くらいに終わって、翌朝7時から業務が始まるみたいな感じで、そういう生活ができたのも、もしかしたらトライアスロンで培った体力があったからかもしれませんね。

――研究生活にも体力が必要なのですね。現在もトライアスロンはやられているんですか?

柳先生 流石にトライアスロンはもう辞めていますね。年齢でいうと、40歳になる前くらいのタイミングでしょうか。40歳以降になると、水泳での事故がものすごく多くてですね、危険だなぁと思いましてね。これは若い頃にやるべきスポーツだと思ってやめました。走るのは50歳までやっていたので、シンガポールにいた時に、一晩中走るレースがあって、いつまでも走っていていいので、とりあえず100キロ走るとかやっていましたね(笑)。ただ、50超えるとフレイルを考えないといけないので、今は週2回くらい筋トレをやっていますよ。胸板は厚くなったと言われますね(笑)。これは私の性格でもあるのですが、熱中したものについては、どんどんやっちゃうっていうようなところがあるんですよね。研究とかでもやっぱり一個一個のことに取り掛かると、細かいことが気になって、どんどんやっちゃうとかですね。

目が悪くなった時のQOL低下の大きさに驚愕

――熱中したら止まらない性格が、100キロ走破まで続いたんですね。ここで先生の研究について教えてください。加齢黄斑変性が専門ですが、どのような研究をされているのでしょうか?

柳先生 一番主軸を置いているのが加齢黄斑変性の新規治療開発ですね。あとは、医療経済の研究もやっています。加齢黄斑変性って治療をするにも、やっぱり費用が高いんですよね。注射でやっていくわけなんですけれども、眼内注射を頻回に行わなくてはいけないんです。また、完全に治療で治癒に至ることがないので、どうしても長期に渡ってずっと患者さんは比較的値段の高い注射をしなきゃいけないっていうことで、それが果たして患者さんとあるいは社会全体にとってどういうふうな影響があるかと、果たしてどのくらいメリットがあるのかっていうそういったことを調べています。

――とても興味深いですね。実際にどうやって費用対効果を算出しているんですか?

柳先生 費用対効果を出すにあたって、効果について説明すると、加齢黄斑変性の治療によって、患者のQOL=Quality of lifeがどのくらい上昇するのかを計算します。ここで用いられるQOLは、死んでしまった時に0として、完全な健康状態を1として求めます。視力が下がっていくとQOLの値が下がっていくんですが、ちょっとわかりにくいかもしれないですが、加齢黄斑変性を抱えた人が10年生きる場合と、治療して完全に見えるようになって6年生きるだけでいいといった場合はQOLが0.6になります。治療にかかった費用の総額を、このQOLから導かれた質調整生存年、QALY = Quality-Adjusted Life Yearで割ると、1年間健康寿命を伸ばすために、いくらかかるかがわかる。日本だと、1年間健康年を増えることが500万円なら許容できるだろうという研究結果があるので、そこと比較することになります。

――実際に、目が悪くなるとQOLはどれくらい下がるんですか?

柳先生 調べてみて僕も驚いたのですが、軽度の視力低下でも大腿骨骨折に匹敵するQOLの低下が見られました。さらに、重度の視力低下になると、エイズや心筋梗塞にも匹敵するような非常に強いQOLの低下をきたすことがわかったんです。

――それは大きなインパクトですね。こうした医療経済の研究のモチベーションはどこにあるんですか?

柳先生 加齢黄斑変性のQOLが下がっていることに衝撃を受けたので、伝えていきたいと思いました。一方で加齢黄斑変性の治療で使う抗VGEF薬剤は、他の眼科治療にも使いますが、眼科医療を圧迫し始めたんです。眼科全体の市場規模が3400億円/年と言われていますが、抗VGEF薬剤は1200億円/年と全体の3分の1を占めている状態になっているんです。この抗VGF薬剤の占める割合は、10年前には10%だったんです。今後新しい薬剤が増えて高額になるとさらに増えると見込まれている。眼科医がコスト感覚を持って治療に当たらないと困ることになると思います。

――なるほど。加齢黄斑変性の新たな治療についての研究は、どのような内容なのでしょうか?

柳先生 まだ言えない部分も多いのですが、眼に注射しなくても加齢黄斑変性の治療ができる方法を研究しています。新型コロナで認知度が上がったmRNAワクチンはみなさんご存知だと思いますが、そういったワクチンを使って加齢黄斑変性を治そうと試みています。すでに知的財産権についても相談をしている段階ですね。

柳先生が思い描くビジョン

――今後、先生が新たにチャレンジしていきたいことはありますか?

柳先生 今すぐにはちょっとできないですけど、システムバイオロジーの手法での加齢黄斑変性の病態解明に興味がありますね。アメリカのベンチャーは頑張っているんですが、アジアではあまりできていないので、やってみたいんですが、そのためには相当な軍事資金が必要なんですよね。例えば、5年間で25億円みたいな規模になると思います。こうした研究がうまくいくと、発症する前に見つけて対処することができるようになると考えています。予報医学的な考え方ですね。現状は、滲出型の加齢黄斑変性、つまり直せない状態になって病院にやってくるのですが、発症前の状態に介入することで疾患にならないようにすることもできるのではないかと思います。あとは、最近はセノリティクスという、老化細胞を標的として、細胞死を誘発したり破壊する成分が注目されていますが、目は老化細胞がわかりやすいんですよね。網膜色素上皮細胞は加齢の影響を受けやすいんですが、定義にもよりますが加齢細胞が4%くらいあります。マウスとかではうまく取り出すことができる。そういったところを標的とした治療ができれば、老化のメカニズムがわかるのではないかと思う。他の組織では色々な細胞が混じり合っているんですが、目は均一な細胞で他の老化以外の条件は関わっていないので、解析しやすいと思っているんです。

――目の研究から老化メカニズムの解明に繋がるのは大変興味深いですね。最後に先生のビジョンを教えてください。

柳先生 先ほども申し上げたように「目の疾患が発症する間に直す」というのが大きなビジョンですね。ここを実現するために、現在は、新しい治療法や医療経済の研究をしています。さらには、目のケアをすることで健康寿命を最大化したいと考えています。